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種村季弘 『魔術的リアリズム』 (PARCO PICTURE BACKS)

「彼は世界と切れている。この世界の只中にいて孤立し、孤独なのだ。」
(種村季弘 「フランツ・ラジヴィル」 より)


種村季弘 
『魔術的リアリズム
― メランコリーの芸術』

PARCO PICTURE BACKS


PARCO出版局 
1988年3月10日 第1刷発行
254p 
A5判 並装 カバー 
定価2,800円
ブックデザイン: 東幸見
編集強力: テスピス



美術評論。本書は2010年にちくま学芸文庫版として再刊されています。
ページ数には口絵8p(カラー図版6点、モノクロ図版4点)が含まれています。他に図版(モノクロ)204点。



種村季弘 魔術的リアリズム 01



帯文:

「大戦間のドイツに仇花を咲かせた
〈新しいリアリズム〉の芸術運動

ノイエ・ザハリヒカイト(新即物主義)とも
魔術的リアリズムとも呼ばれるそれは
やがてナチズムの《血と大地》の神話に
とって替わられる運命にある。
魔術的リアリズムの画家たちの軌跡を
初めて克明に辿ったもうひとつの“1920年代論”。」



表紙はアルベルト・エレボー(Alberto Aereboe)「隠者」。


目次:

前口上 魔術的リアリズム、ノイエ・ザハリヒカイトとは何か
1. ヴァイマールの夜の側
2. 不気味なもの
3. アントン・レーダーシャイト 絶対零度の孤独
4. フランツ・ラジヴィル 世界鏡としての魔術的球体
5. アルベルト・エレボー 独身者の部屋
6. クリスティアン・シャート 皮膚の上の滑走
7. カール・グロスベルク 黒いメランコリー
8. ゲオルク・シュリンプフ 無時間的な生の一齣
9. リヒャルト・エルツェ 壜の中の精霊
10. ルドルフ・ヴァッカー 事物の言葉
11. ハノーファーの牧歌的リアリズム 環境への偏愛
12. オランダの魔術的リアリズム 文化の不安
13. 魔術的リアリズム・その後 アメリカ・アメリカ

バイオグラフィー
記録資料
年譜
あとがき
参考文献
二十世紀リアリズムの系譜
人名索引




◆本書より◆


「前口上」より:

「いまさらリアリズムでもあるまい、といわれても、そうはいかないだろう。さまざまなリアリズムがあり、リアリズムといえばそれがリアリズムであるかのような、つとに私たちの固定観念になってしまった十九世紀リアリズムだけが、リアリズムとはかぎらないからである。げんにここにドイツ二〇年代のリアリズムがある。それは、表現主義と抽象全盛の時代に突如として登場してきた異様なリアリズムであった。大気が突然アウラを失って、事物は真空のなかに置きざりにされる。世界関連から切りはなされて、いきなりそこにあるもの。その魔術的輝き。日常的現実のごくありふれた対象を描きながら、当の事物にこの世の外の、いわば世界関連外の光を照射して、事物を「形而上的妖怪的」(キリコ)空間のなかに立ち上らせるリアリズム。
 ドイツ二〇年代の、それも厳密には、アメリカ外資導入の一九二四年から大恐慌の一九二八年までのわずか数年間だけにかぎって、このリアリズムは突然現われて、またたくまに消えた。謎の飛行物体のような、その両大戦間芸術の記憶がよび戻されるのは、第二次大戦後もようやく六〇年代に入ってからのことである。たまたま七〇年代に渡独した際に、私はそのいくつかのドキュメントと証言にふれることができた。その最大のものが、一九七七年夏の「二〇年代の諸傾向」展である。ベルリン市内を大きく三つに分ける会場のほかに、ベルリン中の大小の画廊を総動員した、文字通り国家的な規模の超大展覧会であった。本書は、ほかでもないこの一九七七年の私的なベルリン旅行の記憶から生れた。」
「二〇年代のリアリズムは「ノイエ・ザハリヒカイト」もしくは「魔術的リアリズム」と称された。ノイエ・ザハリヒカイトとは、文字通りには、「新しい(ノイエ)即物性(ザハリヒカイト)」を意味しているが、その「ザハリヒカイト」は、もともとリアリズムということばがなかったドイツ語ではしばしば「リアリズム」の意味に用いられるので、要するに「新しいリアリズム」である。
 この用語法自体に「魔術的リアリズム」と「ノイエ・ザハリヒカイト」の概念のちがいが現われている、といってもいい。ノイエ・ザハリヒカイトがいわばドイツ一国的な規定であるのに対して、魔術的リアリズムの方は、「スペインの魔術的リアリズム」、「ガルシア・マルケスの魔術的リアリズム」というようにかなり普遍的な使われ方もする。といって、現在ドイツ二〇年代絵画を論じる研究者たちが両者を意識的に区別しているようには思えない。本書も、ほぼこの慣例にしたがった。
 しかし、(中略)現在ではむしろ次のように考えるのが当を得ているのではないかとも思う。すなわち、各時代にくり返し現われる精神史的常数が「魔術的リアリズム」であって、その特殊二〇年代ドイツにおける一局面を「ノイエ・ザハリヒカイト」とする、という概念規定である。(中略)それなら「ガルシア・マルケスの魔術的リアリズム」についてはいうまでもなく、「三〇年代アメリカの魔術的リアリズム」という言い方も、あまつさえ「ピエロ・デラ・フランチェスカの魔術的リアリズム」という言い方も、難なく成り立つことになる。」



「ヴァイマールの夜の側」より:

「インティメイトな小さな場所、ささやかな事物や人びと、ときには極微の物体。しかもできるだけ身近なトリヴィアルなもの。それらが好まれる画題となる。大規模なもの、ロマンティックな遠方、神的な陶酔、巨人願望、ピトレスクな世界把握は一挙に後景に退く。あれだけの(大戦という)悲惨と黙示録的大破壊の後でいまさら黙示録的風景でもないではないか。静かな諦念が、いうなればある種の「反動」が、時代のアトモスフェアに浸透し、しかもそれはモダニズムの機械讃美の逆手である以上、それなりに機械の冷たい硬さを口実(プレテクスト)にふまえている。すなわち即物的であり、だからこそノイエ・ザハリヒカイト(新即物主義)であって、彼方や遠い星を憧れる表現主義の熱いエクスタシーも、生を享受する印象主義の柔弱さも、ともに斥けられるのである。」

「ヴァイマール時代はその前後に二つの集団パニックに遭遇した。一つは一九一四年にはじまる国民総力戦であり、もう一つはヴァイマール時代を閉ざす一九三三年のナチス政権成立である。二つの集団パニックにおける大衆の陶酔を共にしない個人は孤立し、不安にさらされた。エリアス・カネッティはその不安体験を『群衆と権力』のなかで「接触恐怖」と名づける。ひとは集団的熱狂に我を忘れて個の輪郭を失ってしまわないためには、接触を拒まないわけにはいかない。うっかり他者や社会集団に気を許したりしようものなら、そこから個は溶解して集団に呑み込まれてしまいかねない。表現主義者流の熱い忘我の陶酔は避けられねばならない。それゆえに他者の立入りを許さぬ私室に待避するか、かりに外気に身をさらされるにしても不感無覚の冷たく硬い甲冑を身に鎧って、あらゆる接触を拒絶するのでなければならない。」



「フランツ・ラヴィジル」より:

「ラジヴィルにとって、飛行機は邪悪な昆虫のようにひそかに隙をうかがいながら突如として天空から飛来して人間を襲う殺戮機械と化している。」
「幼時から彼がなじんでいた船と飛行機、「それは二つながら、いまにも制御(コントロール)から外れようとする現代技術の範例という役を果す。倒錯すれば戦争と化しかねない文明は、さながら誤用されるために創られたかのようだ。」(ライナー・W・シュルツェ「フランツ・ラジヴィル――懐疑的ロマン主義者」)」
「ラジヴィルにもブリューゲル作品と同題の『イカロスの失墜』(一九七一)があるが、無人の岩石質の舟着場に墜落したイカロスは、翼をもがれながらもその失墜=死から何物にも転生しない。後景の水平線から幽霊船のように姿を現わす巨大客船はひたすら不気味であり、空はまっぷたつに裂けて、漆黒の闇のなかに得体の知れぬ天体がギラギラと輝いている。ブリューゲルの牧歌的な世界から限りなく遠ざかった不毛な世界の果ての光景である。ここでは悲劇はそこが行き止まりであって、再生へと転換されることはあり得ないかのようだ。
 『カール・ブッフシュテッターの墜死』は、これに較べるならまだしもブリューゲルの世界といくぶんかつながっている。海浜に近い、どこにでもありそうな村の上空でおそろしい事件が起っている。小さな複葉飛行機が真黒な空から墜落してくる。けれども「誰もその破局に関与していない」(R・W・シュルツェ)。村の無時間的日常と墜落する飛行機のアクチュアルな社会的現実は、同一画面上にありながら接触を断たれている。墜落の悲劇性が問題なのではない。悲劇を引き取る人間の生そのものが不在なのだ。村は無人で、飛行機の墜落を目撃する観客すらいない。地上と天上とは互いに無関心である。「悲劇」さえもがもはや成立しない相互の疎外状況が、墜落そのものの恐怖よりさらに冷酷に現前しているのである。」

「世界の関節は脱臼してバラバラになり、存在は分裂し紙袋のように破れている。事物は相互にそむき合い、もはや人間の統御にはしたがわない。そして有機物と死物の境界をさえ越境する。人間は事物化した世界のなかで疎外される。しかしそれだけだろうか。ラジヴィルのある作品(『世界秩序は破壊され得る、空は破壊され得ない』)のタイトルは、前半が『世界秩序は破壊され得る……』である。その絵では天空がカスパール・ダーフィト・フリードリヒの流氷のように裂け崩れている。下方はダンガストの何の奇もない漁村風景。タイトルの後半は『……空は破壊され得ない』である。おそらく人間世界の破壊とは無関係に、それを立ち越えて恒常的に持続する何物かがあるのだ。」



「アルベルト・エレボー」より:

「以上のみじかい経歴からしても、エレボーの画家的というよりは工芸家的な気質、引きこもった職人的生活スタイルが浮んでくる。同時代の様式史のなかに彼の名が登場してこないのもむべなるかなであって、エレボーはさまざまの傾向もしくは運動に近づくよりは、まさに「隠者」として世を避けていたのではないかと思われる。そういえば少年時のエレボーは、リューベック大聖堂のメムリンクによる祭壇画『受難』に強烈な印象を受けたという。メムリンクのような中世教会画家の職人的地方的隠遁性は、おそらく早くから、リューベック生れのこの画家の身についた特性だったのである。」


「クリスティアン・シャート」より:

「シャートの画面を支配しているのは、一種の徹底したノン・コミットメントの気分である。」
「シニカルなまでの無感動によって対象との明確な距離を計るのである。シャートの世界には、したがって理念化された美もなければ醜もない。富者に対する反感もなければ、貧しさに対する感情的な同情もない。美も畸形も、富も貧困も、どちらも正常で自然なものであり、「それを変革しようともせずに彼が生きている、正常(ノーマル)でもあれば、美しくも畸形でもあるこの世界の自明の構成要素」(W・シュミート)なのだ。この画家にはどこか昆虫の眼で世界を見ている昆虫学者といった面影がある。」

「ナルシスティックな自閉性はシャートの他の人物にも特徴的である。(中略)人物を彼が本来属しているのではない背景の前に立たせるのも、シャートの常套である。(中略)背景と人物とのこの齟齬は、むしろ彼の描く人間が本質的に旅人であること、存在を異郷として根なし草のように漂う人種であることを物語っているのではあるまいか。」



「カール・グロスベルク」より:

「グロスベルクの機械と工場には人間が同伴していない。機械技術へのオプティミズムは、フェルナン・レジェにおけるように機械と人間の一体化した空間を生まなかった、というよりは機械と人間の共棲のための社会的条件を欠いていた。三〇年代に入るとグロスベルクの作品には機械の現実性を消去するように白の平面が画面のあちこちに侵入しはじめる。『白いチューブ』(一九三三)ではいくつもの白塗りの円筒(チューブ)が機械の立体的な他の部分と接合され、白塗り部分が平面化されているために、機械がしだいに無化もしくは霊化されてゆくような印象を与える。機械の贖罪を云々したくなるほどの、存在からの撤退・消滅が告げられているかのようだ。」

「機械時代の画家は、自然と人工の間に引き裂かれ、その間に口を開けた深淵の上をイローニッシュにとび交い、両者のどちらにも属しながらどちらにも定着することのない運命をほとんど仮面の道化として演じながらも、やがてメランコリーの黒い淵に呑み込まれてゆくのである。」



「オランダの魔術的リアリズム」より:

「パイケ・コッホ(一九〇一― )の世界はとりあえず祝祭的なスペクタクルの驚異づくめである。盛り場や歳の市の見世物、旅回りの曲芸やサーカス、射的場、夜の街。キッチュめいたこうした奇異なイメージの数々に熱狂した少年時代の記憶が、玩具箱をぶちまけたように撒きちらされる。」

「戦後のコッホの活動については多くを語るいとまはないが、とりあえず催眠性夢遊病者の夢の世界を思わせる、どこかうつけたような浮遊性の空間が表面化してくる。鳥籠のなかに入っているとも、鳥籠をのぞいているともつかない、だまし絵的構成の『死んだ鳥といる女』(一九五〇)の夢遊病者の空ろな目差しは、五〇年代の女アクロバット師や弓射撃手たちにも受け継がれ、さらに六、七〇年代に入ると、人物は超現実的な色彩にいろどられた公園のなかや、空中に大小の夥しいパラシュートの舞う野原のなかで、ほとんど病的なまでに華麗な外界との接触を絶たれて、ひたすらぐっすりと眠りこけてしまうのである。二〇年代の冷たい街路の酸鼻な現実のさめた観察から出発した画家は、旅路の涯では、昏睡者となってもはや二度と目をさまさない。」



「魔術的リアリズム・その後」より:

「E・T・A・ホフマンの『のみの親方』の主人公ペリグリヌス・テュスは、子供の頃にときおり執拗な強直性(カタレプシー)の発作に襲われた。どこといって肉体上の疾患はありそうもないのに何週間も四六時中泣き続ける。それからふいにはたとばかり黙りこくると、「硬直して、身動きひとつしない不感無覚の状態に陥」るのだった。「生命のない人形のそれを思わせるその小さな顔は、微笑みのためにも、涙のためにも、いっかな歪むことはなかった。」
 強直症少年ペリグリヌス・テュスのありさまは、ノイエ・ザハリヒカイト(魔術的リアリズム)絵画に登場するこちこちに硬直したマニキーニにそっくりではあるまいか。そういえば二〇年代の画家たちもまた、ひたすら「生命のない人形のそれを思わせる顔」を描き続けた。二〇年代は未曽有のポートレート時代だったのである。
 それでいてこの時代に描かれた人物肖像画には、喜怒哀楽の表情をともなった人間が一人として登場しない。モデルたちは、(中略)環境や隣人と親和した人間的な表情を浮べてはいない。未曽有のポートレート時代にもかかわらず、うつろに放心した、視線の焦点の合わない、義眼のように冷たい眼をした顔しか描かれなかったのである。
 予想もつかなかった出来事に立ち合って茫然自失、なすすべもなく手をつかねている顔、顔、顔。あるいはそのことをあらかじめ見越して、傷つかぬように故意に不感無覚を装った、とらえどころのないシニカルな表情。ここには希望や期待の表情もなければ、殊更な絶望の表情もない。情念のほとばしる表現主義の大仰に表現的(エクスプレシヴ)な表情のあとにやってきたこれらの顔は、つまりは非情であり、それ以上に夢遊病者の無表情というに近い。そして背後にひろがるのは荒涼として人をよせつけぬ環境。
 二〇年代のモデルたちが置かれていた、というよりは置きざりにされ遺棄されていた状況は、ざっと右のような捨て子状況であった。大戦の前後にわたって完膚なきまでに破壊され崩壊した市民社会秩序の荒地に寄る辺もなく、いわば投げ込まれた孤児たち。(中略)彼らは、現実が、というよりこれまで現実と見なされてきたものが、一場の夢として崩されるカルタの城にほかならぬことをつぶさに体験した。それならば夢のようにはかないこの世界に、どうして存在の根拠を置くことができようか。そのことが彼らの表情に、ここにいながらここにいない(よそにいる)夢遊病者やマニキーニの無表情を装わせる。」
「ところでホフマンの強直症に罹ったペリグリヌス・テュス少年には後日譚がある。こちこちに強ばってしまって物も言わない少年に手をやいた母親が、知人の入れ知恵にしたがって、ある日この「小さな自動人形」の息子に、極彩色の、「しかし見るだに厭らしい道化人形(ハルレキン)」を持たせてやる。するとどうだろう、とたんに「子供の眼は驚くばかりに生き生きと活気づき、口はかすかに歪んでやさしい微笑(ほほえ)みを浮べ、人形に手を伸ばしてそっと胸に押しつけた。」
 テュス少年も、相手が人間ではなく道化の人形なら、無言のままに意思を通じ合うことができたのである。自動人形となった人間がはじめから事物である人形を相手に遊ぶうちに、事物=人形がしだいに生あるもののように生き生きとしてくる。これに応じて少年の方も事物的な強ばりを解いて生色を取り戻す、というこの逆説(パラドックス)。」

「ノイエ・ザハリヒカイトの絵画にはある種のノスタルジーの雰囲気がある。情念や感傷を徹底的に殺ぎ落したあとの、まさに殺風景というべき風景が、それでいていつかそこに一度いたことがあるような、ふしぎに反語的(イローニッシュ)なアルカディア幻想を喚起するのである。いわば存在論的ノスタルジー。アトランティスのように私たちの生れるはるか以前に沈み去り、にもかかわらずこの地上以外のどこかにひそんでいて、時計という時計の停った不動の時間をひっそりと呼吸しているどこかしらが、だまし絵(トロンプ・ルイユ)的に現代のありふれた街頭や風景の偽装を凝らしてそこにあり、それがふとした瞬間に、キリコの広場体験におけるように「はじめて見るような」、「妖怪的、形而上的局面」を打ち明ける。そしてその妖怪的、形而上的景観の上でなら、現実のあらゆる場所から閉め出されたマニキーニが生きられる。
 という意味は、マニキーニたちは、この世の外のどこか、私たちの思惟には了解不能な場所に存在の根拠を置いているということである。この考え方は古代グノーシス主義の存在論を思わせる。グノーシス主義にしたがえば、私たちの真の故郷はこの世の外のどこかにあり、この世は私たちがかりそめに流謫されてきた闇の世界にほかならない。私たちは、神の光の充溢する美しい世界外的世界に嫉妬してその拙劣な模造物たるこの世を作った悪しき造物主(デミウルゴス)によって、囚人のようにこの世に閉じ込められている。それならばこの世の終りとともに、「原底」である光の世界が顕現して、そこへと帰還することができるだろう。」

「ところで、この世の終りに出現すべきまばゆい故郷への帰還を待ってその日まで闇であるこの世に囚われ人としてとどまる、という考え方は、ここに居ながらにしてすでに闇に深入りし、冥府降下をし続けているという認識をもうながす。ということは、何気ない日常がすなわちおそるべき冥府体験の刻々だということになる。ノイエ・ザハリヒカイト右派の反語的(イローニッシュ)な日常描写は、けだし右の認識の所産であった。くり返すようだが、二〇年代のリアリズムは、現実世界との親和を自明の前提としたブルジョア・リアリズムではない。その対現実感覚にはむしろ世界との異和感が先立っており、だからこそ反語的な現実・日常描写へと赴いてゆく。現実を描き日常を描くのは、それが亡霊じみた形骸であり、取り返しようもなく壊れてしまっていることを指し示すためなのだ。」

「肝腎の一九四五年以後のドイツ芸術に関してほとんどふれることができなかった。二〇年代出自の生き残った魔術的リアリズム画家の戦後については、わずかにエルツェの活動にふれたのみである。(中略)私としてはこれに、エルツェの若い友人で、戦後激越な反軍国主義諷刺画を描いてから、突如として夫人と一匹の猫とともに南仏に隠棲してしまった風景画家ジークフリート・クラッパーの名をぜひとも加えておきたい。この画家の手になる、息を呑むほど美しい終末風景は、あらゆる意味にまだ汚されていない、はじまりの前のやすらぎを思わせる至上のノスタルジーにみたされている。」




種村季弘 魔術的リアリズム 03



種村季弘 魔術的リアリズム 02



Pyke Koch (Ten Dreams Fine Art Galleries):
http://www.tendreams.org/koch.htm





こちらもご参照ください:

種村季弘 『迷宮の魔術師たち』
『夢人館 10 リヒャルト・エルツェ』




































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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