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谷川健一 『古代史ノオト』

「つまりヤマト政権の及ばないところ、「邑に君」があったというのである。原始時代はもちろん、古代においても一つの村が宇宙であり、世界であるのがふつうであり、村国(むらぐに)と呼ばれていた。そこに村君(むらぎみ)があるのはとうぜんであった。『播磨国風土記』に「播磨の国の田の村君、百八十(ももやそ)の村君ありて、おのが村ごとにあいたたかいしとき……」とあり、村々が分かれて互いに武闘をくりかえしていた光景を伝えている。」
(谷川健一 「旅する女神」 より)


谷川健一 
『古代史ノオト』

日本古代文化叢書

大和書房 
1975年4月10日 初版発行
1975年7月30日 2刷発行
285p 
カラー口絵1葉 
モノクロ口絵4p
四六判 
角背紙装上製本 カバー 
定価1,700円
装幀: 渡辺千尋
扉画: 後藤寿朖



本書「あとがき」より:

「雑誌『流動』(中略)が、「古代史ノオト」の題の下で私に連載を書くことを求めた。(中略)たまたま大和書房で古代文化叢書を計画しており、(中略)今年の二月号までの『流動』掲載分をまとめることにした。(中略)本書には第二部を理解しやすくするために旧稿「シャコ貝幻想」(『孤島文化論』所収)を併録した。また「魂と首飾り」(『国文学』四十九年十一月号)、「倭の鵲」(書き下し)「ヒルメとアマテラス」(書き下し)をも収めた。」


谷川健一 古代史ノオト 01


目次:

第一部
 ひさごとたまご
 応神帝と卵生神話
 膂力宍の空国
 日本の脊梁文化
 常世の鳥
 倭の鵲

第二部
 シャコ貝幻想
 サルタヒコの誕生
 志摩の磯部
 旅する女神
 ヒルメとアマテラス

第三部
 不知火海の巫女
 産屋の砂
 神に追われて
 名えらび
 魂と首飾り

補註
あとがき



谷川健一 古代史ノオト 02


口絵: 後藤寿朖「累・1」「累・3」。



◆本書より◆


「ひさごとたまご」より:

「卵とひさごと蛇と、これに共通なものは何か。それは再生の観念である。卵生説話は日本本土にはまったくなく、琉球弧の宮古島に数例がのこされているばかりである。」


「旅する女神」より:

「『神武紀』に「とおくはるかなるくに、なおいまだ王沢にうるおわず。邑(むら)に君あり、村に長ありて、おのおの境を分ちて、もて、あいしのぎ、きしろわしむ」とある。つまりヤマト政権の及ばないところ、「邑に君」があったというのである。原始時代はもちろん、古代においても一つの村が宇宙であり、世界であるのがふつうであり、村国(むらぐに)と呼ばれていた。そこに村君(むらぎみ)があるのはとうぜんであった。『播磨国風土記』に「播磨の国の田の村君、百八十(ももやそ)の村君ありて、おのが村ごとにあいたたかいしとき……」とあり、村々が分かれて互いに武闘をくりかえしていた光景を伝えている。
 そうした時代にも、その村君はかならずしも男性だけを意味しなかった。琉球の歴史をひもとくと、島津の琉球入りのときにも、また琉球王府の先島征伐のときにも、巫女がいくさの先頭に立って、敵にたいする呪詛折伏と味方の軍の守護の役をつとめた。そのもっとも有名なものが久米島の君南風(きみはえ)であったことは知られている。この伝統はじつに明治十年の役の鹿児島にまで引きつがれて、鹿児島県の町や村の女たちは厳冬二月の雪をふんで北伐にむかう自分の父や夫や兄をおくるのに、肌をぬいでその出征兵士の先頭に立ったといわれている。これが沖縄のおなり神(守護の女神)の系譜と気脈をつうじていることはまちがいない。」



「神に追われて」より:

「神がかりの最初の兆候は、どこかぐったりと疲れたり、あくびを頻発したりするような生理現象をともなう。これを南島では「神だーり」と呼んでいる。「だーり」は「だるい」という語と関連があると思われる。
 この「神だーり」つまり神がかったときの異常な言動は、しばしば日常生活からの逸脱となってあらわれる。そうさせるものは、神の声のささやきである。だが、しかし用心しなくてはならないのは、神の声をいつわる邪神の声であることがある。」
「「神だーり」の時期は重大な試練の時期である。悪魔が手をかえ品をかえて誘惑するのは、イエスの荒野の体験にも見られるが、(中略)そのときの悪魔のささやきというのはきわめて合理的であり、説得的であるということである。したがって、それは神の声と聞きちがえられやすい。わが南島の巫女たちも、こうした体験を超えて進まねばならなかったのである。
 「けがれた霊」についてはささやかであるが、私も若い時分に持った体験がある。私はそのときのことを当時次のように表現したことがある。
 「ある午後、わたしは風に吹かれて土橋の上に立っていた。水は涸れて川床の亀裂した泥の上に、ところどころ溜りをつくっており、その中には太陽の蒼白い瞳が映っていた。風が鳴らしている枯葦のしげみに、茶色の毛を生(はや)したたくさんの蟹がうごめいていた。動いていなかったら、まわりの泥の色とほとんど区別がつかなかったろう。わたしはその風景を見るともなく見ているうちに、背筋に強い恐怖をおぼえた。ふと聖書の中の文句を思い出していた。
 〈けがれし霊人(ひと)を出ずるときは水なく荒れたる処をめぐりて安息を求むれど……得ず〉
 穢(けが)らわしい毛を生(はや)した鋏の肉がとつぜん口を利(き)いた。
 〈俺たちをどうしてくれる?〉
 〈君たち? どうしもしないさ〉
 わたしはびっくりしてあたりを見まわした。また一つの声が追ってきた。
 〈俺たちを忘れるなよ〉
 わたしの膝がしらがふるえ出した。心の中ではげしく叫ぶものがあった。
 〈忘れはしない。僕だって君たちの仲間かもしれないんだから〉
 わたしはまるで瘧病(おこりやみ)のようになって家にもどった」
 三十年まえに書いたこの一節を紹介するのは「けがれし霊」は、さまよえる霊だということを強調したいためだ。首をつった人間の霊が、成仏しないで邪神になることもある。これを南島ではマジムンと呼ぶ。蠱物(まじもの)または魔物のことである。マジムンがもっとも活躍するのは、誕生と死のばあいである。死から生へ、あるいは生から死へと魂にとってきわめて不安定な時期を邪霊はうかがう。たましいのまわりをうろついては、自分たちの迷える仲間の霊に引き入れようとする。」














































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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