中野美代子 『あたまの漂流』

「いわゆる世界遺産なるものにつきまとう政治的なうさんくささ」
(中野美代子 「タージ・マハルのドーム」 より)


中野美代子 
『あたまの漂流』


岩波書店 2003年6月26日第1刷発行
270p 参考文献書誌10p 目次3p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,400円+税
装丁: 芦澤泰偉



国家と孤島、現実の旅と幻想の旅、実録と偽書、ほんものとにせもの、「国宝」とアウトサイダー・アート、それらのあわいを漂流する連環式エッセイ集。
本文中図版(モノクロ)多数。


本書「あとがき」より:

「本書は、朝日新聞社PR誌『一冊の本』に二〇〇〇年十月号から二〇〇二年九月号まで連載したエッセーを集めたものである。(中略)単行化にあたり、連載時にはなかった図版や地図などを加えたほか、各篇にかなりの加筆もほどこした。」


中野美代子 あたまの漂流1


帯文:

「摩訶不思議な古代の伝承から、実録、小説、最新ニュースまで

置き去り、探検、越境――
「移ろうものたち」をめぐる
痛快エッセイ集

本文中で紹介される書籍、約160点!
読書案内にも格好の1冊。」



目次:

藤九郎の島
置き去り(マルーン)
パリの異邦人
島のいろいろ
ヤクザーンの子ハイイ
「絶海の孤島」のアーティストたち
「国宝」の条件
月から見える長城
ヤーコポ・ダンコーナの旅
タタール人の砂漠
キャプテン・クックからラ・ペルーズまで
ラ・ペルーズの最期から
玄奘の見たアフガニスタン
インド洋のふしぎな島
テレメンテイコの旅
タージ・マハルのドーム
カシミール美人および……
黄砂が降るとき
インド帝国のイギリス人たち
チベット楽園幻想
タリムのミイラ
偽書(フェイク)への夢想

あとがき
参考文献書誌



中野美代子 あたまの漂流2



◆本書より◆


「藤九郎の島」より:

「このあたまは年がら年じゅう漂流していて、よるべない木の葉ぶねのようなものだが、それだけに漂流譚や漂着譚が好きである。そこで、本書もそのあたりから。もっとも、そのあとどこへ漂流するものか、さあ、それはわからない。」



「置き去り(マルーン)」より:

「それはともかくとして、私掠船団のボスとして勇名を馳せたウィリアム・ダンピアの『最新世界周航記』(一六九七)が抜群におもしろいのだ。」
「私がとりわけ興味をもったのは、いかにも「海賊」らしいというか、ダンピアがかれの船に乗っていた人を島に置き去りにしたり、時あってかれが置き去りにされたりという、いわば「置き去り(マルーン)」のモチーフがちらほらと見いだせることである。」

「一種の「刑罰」として「置き去り」にされた人びとの運命は苛酷であるが、極度に受動的に悲劇につき落とされたかれらのサヴァイバル・ゲームは、孤島なるがゆえに観客ゼロであるにもかかわらず、孤島という閉じられた空間がそのまま舞台と構造的に似ていることもあって、陸上の「観客」から見てみごとな「物語」となるのである。」



「「絶海の孤島」のアーティストたち」より:

「ジェイムズ・ハンプトン(一九〇九~一九六四)は、サウスカロライナ州エロリー出身の黒人で、ワシントンのさまざまな公共ビルで夜警の仕事に就いていた。それが、一九三一年に始まってその後度々、神と天使たちが彼の前に姿を現し、キリストの再来にそなえて玉座をしつらえた部屋を造るようにと命じた。(渡辺政隆訳による)
 これは、スティーヴン・J・グールド『時間の矢 時間の環』からの引用である。グールドによると、ハンプトンは、粗末なガレージを借り、「廃品のかけらから途方もない創意工夫と忍耐を発揮して」キリストの玉座を組みたてはじめた。」
「つまりは、がらくたの寄せ集めから成るキリストの玉座なのだが、いまは「千年王国議会の第三天国のための玉座」(通称「ハンプトンの玉座」)として、ワシントンの国立アメリカンアート美術館に展示されているという。
 こう聞いただけで、人はフランスのジョゼフ=フェルディナン・シュヴァル(一八三六~一九二四)が三十三年かけて独力で築きあげた「理想宮」を想起しないだろうか。フランス南東部のオートリーヴなる僻村で黙々と郵便配達をしていたシュヴァルは、四十三歳のとき配達の途中でつまずいた石のかたちに魅せられ、しごとが終わると石を集めにかかった。そして三十三年、まわりから狂人呼ばわりされながら、余暇のすべてをかけてつくりあげた、世にもふしぎな建築物――。」
「さきにも述べたように、シュヴァルの「理想宮」(中略)は、設計(プラン)というものはまったくゼロの、あらゆるものの模倣の集積である。」
「ところが、手を伸ばして写真をすこし離し、目を細めて焦点をぼかすと、シュヴァルの「理想宮」は、たちまちインドの、たとえばブバネーシュワルで見たリンガラージャ寺院や、カンボジアのアンコール・トム内のバイヨン寺院などに化してしまうのである。
 いっぽう、「キリストの玉座」をつくった貧しい黒人夜警のハンプトンには、(中略)確固たる設計(プラン)があり、できあがったふしぎな構造物群とその配置も、左右対称という厳格な原理につらぬかれている。」
「これら構造物のひとつひとつは、なるほど左右対称の原理につらぬかれているけれども、じっと見ていると、人間というか、異星人というか、奇怪な生物のかたちの無意識の模倣なのである。あたま、頸(くび)、胴体、そして手足にあたるもの、手は時あって翼でもあり、またペニスを垂らしているものもある。饕餮(とうてつ)と呼ばれる中国古代の怪獣的文様に似ていないこともない。
 ハンプトンもまた、細部にこだわる。「細部は到るところで溢れ出し」、「次々と細部を生み出し」ている。だから、凝視に堪えない。目を細めて焦点をぼかすと、はじめて全体が端正な神殿のような、そう、たとえばアンコール・ワットのような、設計(プランニング)された建造物に見えてくるのだ。」
「夜警のハンプトン――社会の最下層に位置すると見られるこの職業には、しかし、西欧人は歴史的にある象徴的な意味をもたせていたと思われる。たとえば、ボナヴェントゥーラの『夜警』(一八〇四)。夜警という職業にまつわるリアリティを根こそぎ欠いたこの小説(中略)は、虚空からこの地上の夜を警邏(パトロール)しているニヒリストの独白といった趣きなのだが、ボナヴェントゥーラという奇妙な筆名に仮託した正体不明のドイツ人の暗くあらあらしいロマン主義は、二十世紀のワシントンに生きた夜警ハンプトンにも通じるように思われる。
 郵便配達夫シュヴァルは、まわりから狂人呼ばわりされようが、白日のもとで櫓(やぐら)を組み、しろうと建築に熱中した。かれには「夢の実現」という無意識の意志があったから、まわりの嘲笑を壁として、その内部に閉じこもり、「理想宮」の細部をいっそう増殖させたのではなかろうか。」
「ここでまた、私のあたまは漂流する。(中略)ヘンリー・ダーガー(一八九二~一九七三)なる男の、おそるべき表象の集積へと――。ダーガーは知的障害児の施設から十七歳で脱走、以後はシカゴの病院で清掃人兼皿洗いをし、七十一歳で退職してからは乏しい年金ぐらしだったという。八十一歳で亡くなったとき、かれの部屋を整理しようとそこに踏みこんだ家主は、ぶったまげた。ダーガーの研究者であるジョン・マクレガーの『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』によれば――
 そこはまるでがらくたがぎっしり詰まったタイムカプセルだった。(略)まず八冊におよぶ自伝『私の人生の歴史』である。(略)そして旅行鞄の中からは、もっとすごい宝物が見つかった。『非現実の王国で』という題名のついた十五冊もの原稿である。タイプライターで清書された一万五千百四十五ページには、もうひとつの世界の歴史が綴られていた。(略)そして最後に、この物語を図解する挿絵を綴じた製本済みの巨大画集が三冊、見つかった。(中略)(小出由紀子訳による)
 この長大な物語『非現実の王国で』とは、子ども奴隷に拷問や虐殺を加えてやまない男たちの「グランデリニア」国軍と、七人の愛らしい少女たち「ヴィヴィアン・ガールズ」との戦いの話なのだが、四年七か月つづいたというこの戦争の描写に、ダーガーはじつに十一年をついやした。」
「だれも、ダーガーのこのふしぎな絵画群の意味はわからない。わかっているのは、美術教育はもちろんのこと、一般の基礎教育すらろくに受けたことのないこの男が、たったひとりで人類の戦争史を生きたらしいということだ。」
「さきの郵便配達夫シュヴァルにせよ、夜警ハンプトンにせよ、このダーガーにせよ、人ごみだらけの社会から遠く離れた、いわば「絶海の孤島」に生きたふしぎな天才であった。
 「因襲と商業主義にまみれた既存の芸術に対するオルタナティブとして、精神病者、世捨て人、囚人など、美術制度のみならず社会制度の外にある人々が止むに止まれぬ衝動に駆られて作る孤高の創作」(小出由紀子)としての「アウトサイダー・アート」のなかでは、とくに日本においては、抒情的な素朴派的な叙景画(たとえば山下清の作品)だけが、微笑をもって「許容」され、愛される。ダーガーなどは、「とんでもない!」と一蹴されるだろうし、シュヴァルの「理想宮」だって、「俗悪」のひとことでこわされてしまうだろう。「ハンプトンの玉座」とて同じことだ。
 これら「絶海の孤島」の「アウトサイダー・アート」には、たしかにある種の「俗悪」さがつきまとっている、とはいえる。ところで、「俗悪」さとは何だろう?」
「シュヴァルもダーガーも、美術や文学はもちろん、一般にいうところの教養を身につけることなく、エロティックなオブセションを大量の「かたち」にした。かれらは、伝統にもとづき定形化された私たちの感性に逆らう。模倣やコピー、ときにはトレースされたものの途方もないコラージュ。「気違いじみた妄想のどうしようもない寄せ集め」という、一九六〇年代のフランスのお役人のことばは、おそらく正常なのだ。「俗悪でみにくい」、あるいはダーガーについてはさらに「おぞましい」といってこれを嫌悪するのは、世のなかの常識というものだ。
 すでに述べたように、かれらは、世のなか、すなわち、人ごみだらけの社会から遠く離れた、いわば「絶海の孤島」に生きたふしぎな天才である。人ごみだらけの社会がそのまま「俗悪」であるのに、そこからかれらに向けて発せられる「俗悪」の声は、いわば天に向かってつばきするように、みずからに落ちるしかないだろう。
 こうして、かれらの「かたち」に見られるある種の「俗悪」さは、こちら側の「因襲と商業主義にまみれた芸術」の「俗悪」さを告発する鏡になってしまったのだった。」



「ラ・ペルーズの最期から」より:

「さて、キャプテン・クックやらラ・ペルーズやら、十八世紀末の太平洋探検航海の二大巨人をつづけて紹介したのは、ふたりとも島の先住民とのいざこざを主たる原因として、命を落としたらしいからである。」
「島民たちの立場にたてば、不意の侵入者に恐怖をいだきながらも、その弱点を見つけて追いはらおうとするのは、あたりまえのことだった。だから、かれらの素朴な弓矢や棒も、みごとに白人たちへの武器となった。こうして、白人による「未開」の土地、「未知」の土地の「発見」と、それにまつわる悲劇は、南海で、いや世界のあちこちでつづいた。
 白人たちは、しかし、かならず復讐した。「発見」した土地を自分のものとするまでは、かならず新しい軍艦と鉄砲で襲った。そして、征服した。これが、十六世紀からこのかたの白人の論理である。西欧世界の論理である。
 征服し植民地化した土地への支配のシステムは、次第に洗練されていったから、ほんとうの悲劇がどちらにあったかは、いつしかわからなくなる。悲劇は、おそらく名もない島民たちの歴史のほうにこそあったのだ。」
「ところで、征服するためには「理由づけ」つまりいいわけ(アポロジー)が要る。この度のイラク戦争における「大量破壊兵器」のように。コロンブス以来の新大陸征服においては、新大陸の住民が食人種(カニバル)であるから、というのが、征服者たるヨーロッパ人のアポロジーであった。そもそも食人(カニバリズム)ということばは、コロンブスが最初にたどり着いたカリブの人 Carib(al) の転訛形であるとされるが、十六世紀にヨーロッパでつくられた世界地図には、南米大陸(時にはジャワ島)の傍らの余白に、きまって先住民によるカニバリズムが描かれた。」



「玄奘の見たアフガニスタン」より:

「バルクといえば、思いだすのは玄奘より六百年あとのチンギス・ハーンである。モンゴルの草原に身をおこしたテムジンが帝国のハーンに即位したのが一二〇六年、南下して金のみやこ燕京(えんけい)(いまの北京)を攻略したのが一二一五年。そして西トルキスタン北部のオトラルの太守につかわした友好的なキャラバンを太守がみな殺しにした、いわゆるオトラル事件に激怒したチンギス・ハーンは、一二一九年、歴史に名高い西征に出発した。
 ハーンの軍勢のルートは、西トルキスタンにはいってからは、玄奘のそれとほぼ重なっているといえる。タシケント、サマルカンド、ブハラ、そしてアム河を渡ってバルクへ。ちがうのは、玄奘が求法(ぐほう)のためひたすらインドをめざしたのにたいし、チンギス・ハーンは通過したまちのすべてを破壊しつくし、住民をみな殺しにしたことだ。」




humpton1.jpg

ハンプトン「千年王国議会の第三天国のための玉座」

James Hampton :
The Throne of the Third Heaven of the Nations' Millennium General Assembly
スミソニアン美術館の作品紹介ページ


ideal palace

シュヴァルの理想宮

the official site of Postman Cheval’s Ideal Palace




 



























































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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