谷川健一 『南島文学発生論』

「私は宮古島の友利でおこなわれたンナフカ祭のとき、神女のひとりが突然神がかりする光景を目撃したことがある。林の中で神女たちがまるい輪をつくり、手草をもって歌いながら踊っているうち、その中の一人が小刻みにふるえ出し、他の神女の歌や踊りとテンポが合わなくなった。そして最後には「神は今日どうして自分をこんなに苦しめるのか」と叫んで、涙を流し、地面に倒れ伏してしまった。」
(谷川健一 『南島文学発生論』 より)


谷川健一 
『南島文学発生論』


思潮社 1991年8月1日初版第1刷発行
482p 
A5判 丸背クロス装上製本 カバー 
定価5,800円(本体5,631円)
装幀: 芦澤泰偉
カバー絵: 田中一村
扉・写真: 時詩津男



本書「あとがき」より:

「本書は思潮社の「現代詩手帖」に「南島呪謡論」の題で一九八七年九月号から九〇年七月号まで、三年にわたって連載したものである。私は編集者の誘いに応じて、なんの準備もなく、書きはじめたのであったが、胸中を吐露することとなり、快適に筆を進ませることができた。連載中、病気入院したこともあったが、一度も休載したことはなかった。
 なお「太陽(てだ)が穴」「青の島とあろう島」「鍛冶神の死」の三篇は書き下ろしたものである。」



谷川健一 南島文学発生論1


帯文:

「人間社会のはじまりには、神に憑かれた人がただあっただけだ。
南の島は深い闇に包まれており、「言葉」だけが光りかがやいていた。
精霊とアニミズムの社会が生きていた南島だからこそ、呪謡は活力をもって生きつづいてきたのだ。「南島の深い闇」に対する畏敬から出発した谷川民俗学の達成点を示す畢生の大作。南島古謡群の発掘をとおして、古代歌謡の欠落を埋める。文学的モチーフとクリティックとを渾然一体化とした注目の巨篇。」



帯背:

「谷川
民俗学の
ライフワーク」



目次:



1
「言問ふ」世界
呪言(クチ)の威力
「畏(かし)こきもの」への対応

2
神託の本源
ノロの呪力
現つ神と託女

3
日光感精神話とユタの呪詞
宇宙詩としての呪詞
叙事詩の説話性

4
冥府からの召還
挽歌の定型
挽歌から相聞歌へ

5
村の創世神話
神話と伝説の間
祖神の神謡(ニーリ)
宮古島の「英雄時代」
「まれびと論」の破綻

6
諺の本縁譚
神意をヨム言葉

7
海神祭の由来
太陽(テダ)が穴
青の島とあろう島

8
盞歌(うきうた)と盞結(うきゆい)
アマミキヨの南下
鍛冶神の死

あとがき



谷川健一 南島文学発生論2



◆本書より◆


「序」より:

「鉄器の使用は農業生産の飛躍的な発展を促進する。暦の普及は社会生活を合理的なものにする。仏教の受容は宗教の普遍的価値基準を与える。南島の社会がこれらを著しく遅れて取り入れ、しかもその影響が辺境の島々ほど稀薄であったことは、南島の社会を日本本土と決定的に異なるものとした。鉄器、文字暦、仏教などによって社会を均質化し、きまぐれな自然力を克服し得た本土とちがって、南島ではいつまでも圧倒的な強さで自然力が人間のまえに立ちふさがり、それに拮抗できるのは古来伝えられてきた言葉の呪力だけであった。
 人間を取り巻く自然は活きた力をもち、悪意と善意をあわせ備えていた。この危険で反抗的な存在(モノ)を制圧するために、「言問う」相手を打ち負かす言葉のたたかいが必要であった。」

「本土と琉球弧を同じ時間の尺度で計ることはむずかしく、琉球弧の中でも辺境の離島の時間の尺度は首里にはあてはまらない。琉球弧の島々にはそれぞれ固有の時間が流れており、それを同じ年代で区切って考察するのはあやまりである。」

「いうまでもなく『琉球国由来記』の中のミセセルやオタカベは首里王府と関係の深い呪謡が多く、また同書にはノロの呪詞のみを採録し、ユタの呪詞は採録していない。『おもろさうし』に登場する巫女たちも王府の傘下の高級巫女がほとんどである。『琉球国由来記』や『おもろさうし』にユタの姿は探しても見出すことはできない。この両書にこだわる限り、ユタの呪詞は対象外となる。だがはじめからノロとユタが截然と分かれていたわけではない。王府の任命による巫女組織が村々にまで及んだ結果、ノロとユタの役割が分離したのである。ノロの役割は共同体の生産の豊饒を願い、また王家の安泰を祈願するものとされ、それにひきかえて、ユタは個人の吉凶禍福に関わることをもっぱらにその職業とした。かくしてノロの呪詞に厚く、ユタの呪詞に薄いという現象が外間や小野などの南島古謡研究者に見られる。
 だが南島では古代日本と同様に、現世と他界に二分された世界観を信じて、今日に到っている。他界における個人の魂の救済に関与するユタは、現世における村落共同体の繁榮を神に願うノロに劣らぬ重要さをもちつづけている。ユタの関与するものはもっぱら病と死である。ここに魂の呪詞としてのユタの姿が浮かび上がる。このような人間の生命の根源にかかわる主題をどう解決するかという悩みは、人間の誕生と共に生まれたものである。人間は病と死の克服のために何らかの理由づけを必要とし、それを説明し、解決を与えてくれる人を必要としたのである。人間社会の始まりにはノロとユタの区別はなく、ただ神に憑かれた人があっただけである。南島呪謡の根源に迫るには、ユタとノロの未分化であった時代を想定することから始めねばならぬ。その時代は、鉄器もなく、暦も伝わらず、仏教の影響はどこにもなかった。南の島々は深い闇に包まれており、「言葉」だけが光りかがやいていた。その時代は鉄器や暦の普及と共に終わりを告げたのか。いやそうではない。
 奄美大島では、戦前までは子どもが暗い時分になっても家に帰らず戸外にいると、家の老人たちは「夜がとる」と言って騒いだという。「夜がとる」というのは、夜が取り殺す、夜がさらっていく、という意味である。(中略)ここには、夜が兇暴な力をもつ人格として立ちあらわれている。わずか半世紀前まで、アニミズムの社会が南島に生きていた。それであればこそ、呪謡も活力を失わないでつづいてきたのである。
 本書は「南島の深い闇」に対する畏敬から出発する。」



「「言問ふ」世界」より:

「圧倒的な自然にとりまかれていた時代にあっては、人間は周囲の生物・無生物が自分に対して悪意を抱いているか、それとも善意を抱いているかがつねに気になった。夜には怪しい螢火のようなものが燃えさかり、昼にはウンカのようなものが湧き立ち、川の渕にうずまく水沫(みなわ)さえ物を言っていた。大自然の織りなすざわめきの中にかこまれていた人間にとって、森羅万象は他者を害する力をもつ霊魂(アニマ)であった。(中略)草木石にいたるまでよくおしゃべりをし、そのおしゃべりが相手を侵害する力をもっていた。おしゃべりをもって、こちらに挑みかけ、負けたら、相手の害する力をまともに自分に受け入れねばならない。隙あらばとうかがう相手は、眼に見えるもの、眼に見えないものすべてであった。周囲の「言問ふ」存在に対して気を許すことができない。そこに狩猟時代の生き生きと緊張に満ちた社会があった。」

「日本文化の影響が南島文化に急激な変貌をもたらし、南島古謡も呪歌としての性格を脱皮する契機をもった。だが、琉球王府の編纂にかかわる『おもろさうし』の世界とはちがった呪術の世界が、王府を遠くはなれた宮古、八重山や奄美には息づいていた。」
「そこはまだ呪祷の世界を脱していなかっただけに、呪言は人びとの生活を日常的に支配していた。つまり本土ではいちはやく消滅してしまい、万葉時代にはその原義さえたどりにくくなっていた「言問ふ」世界がまだ健在していた。それを取り上げることによって、南島文学の発生にちがった照明をあてることができないだろうかというのが私の狙いである。そしてそのことは日本の古代文学を考察する上でも重要な役割を果すであろう。」
































































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本