谷川健一 『鍛冶屋の母』

「私は、これら鬼子として誕生した人物の背後に鉄人伝承の痕跡を見るのである。」
(谷川健一 「弁慶」 より)


谷川健一 
『鍛冶屋の母』


思索社 昭和54年11月10日印刷/同30日発行
209p 口絵(カラー)i 
四六判 角背紙装上製本 カバー 
定価1,400円



本書「あとがき」より:

「日本の古代史にしるされた鍛冶神の足跡については、前著「青銅の神の足跡」で明らかにしたところであるが、本書はその主題の延長上において、中世の物語や説話の中にみえかくれする鍛冶神や鉄人のすがたを捉えようとした。したがって、「鍛冶屋の母」は「青銅の神の足跡」の姉妹篇にあたるものと考えてもらって差支えない。
 本書の主題のきっかけをつかんだのは、数年前に越後の弥彦神に関心をよせはじめた頃であった。弥彦では、弥三郎婆の話は鍛冶職の社家の伝承とされている。また弥三郎婆と酒呑童子の生い立ちが重なりあう部分がある。(中略)伊吹の弥三郎は伊吹童子の父にあたり、伊吹童子は酒呑童子の全身とされている。こうして私の想像の世界の輪はひろがった。」
「これまでの中世の物語の研究は個々ばらばらになされており、せいぜい類話の研究の域にとどまっていた。だが中世の鬼神、怪異、英雄の物語の中に、共通した主題の枠組がかくされており、それが鍛冶屋や鋳物師など漂泊の徒と深いつながりがあることを私は発見した。こうして中世の物語の構造の原型が透けてみえてきた。」
「本書の第一部は雑誌「流動」の連載に加筆したものである。第二部の「風を待つ人びと」は読売新聞、「千種の谷で」は雑誌「小川流煎茶」、また「壬申の乱の一考察」は雑誌「東アジアの古代文化」に、それぞれこの数年の間に発表したものを収録した。さいごの「鍛冶神の南下」は書き下しである。」



本文中図版(モノクロ)12点、地図1点。


谷川健一 鍛冶屋の母1


帯文:

「中世説話における鉄人伝説
将門、弁慶、酒呑童子の話など、様々な中世の物語に登場する「母」たちは、もとをただせば鍛冶屋の母である。個々別々とみられる物語の中に鍛冶伝承の深い脈絡があることを追求する新しい中世物語論。」



目次:

鍛冶屋の母――中世説話における鉄人伝説

第一部 鍛冶屋の母
 弥三郎婆
 伊吹の弥三郎
 酒呑童子
 平将門
 弁慶
 戸隠の鬼女
 終章
  註

第二部 銅と鉄の旅
 風を待つ人びと
 千種の谷で
 壬申の乱の一考察
 鍛冶神の南下

 あとがき



谷川健一 鍛冶屋の母2



◆本書より◆


「弥三郎婆」より:

「片目の神は、銅や鉄を精錬する古代の技術労働者が、炉の炎で眼を傷つけ、一眼を失したことに由来すると私は考えている。弥生時代に始まった金属精錬の技術は、中国大陸あるいは朝鮮半島から招来されたものであるが、当時は、そうした技術をもって石よりも硬く鋭い製品を作り出すことは、神にもひとしい仕業として驚歎の的となったことは想像するにむずかしくない。」

「柳田国男は「桃太郎の誕生」の中で、(中略)産(さん)ノ杉(すぎ)と称する有名な古木のあったことを伝えている。その杉は、地上四メートルほどの高さの処で幹が横に屈曲し、そこが平らになって五、六人は楽に坐わることができたという。昔、旅の女がこの樹の上で産をしたという伝説があり、安産の護符にと後代までその杉の木片を削ってもっていく風があった。ところで、この杉にまつわる次の話がある。
 あるとき一人の飛脚がこの野根山の峠道を越えた途中、数十匹の狼に吠えたてられている産婦を見出し、産婦を助けて近くにある大杉の枝にのぼらせた。すると狼たちはやぐらを組んで迫ってきた。飛脚が刀を抜いて切り伏せたので、狼たちは「では崎浜の鍛冶屋の母を呼んでこよう」と言った。するとまもなく大白毛の狼が肩梯子の頂上にのぼってきた。飛脚が切りつけると、カンという音がした。よく見ると頭に鍋をかぶっていた。それで、なお切りつけると鍋がやぶれて、狼は地上に倒れてしまった。他の狼たちは逃げ失せた。飛脚は産婦を木からおろし、帰りがけに崎浜にまわって鍛冶屋の家をたずねた。すると人の呻き声が聞こえるのでたずねると、鍛冶屋の老母が夜中に便所に行き、石につまずいてころび、頭に怪我をしたという。飛脚は、奥の間にはいると老母を突き殺してしまった。鍛冶屋の家族がおどろくと、飛脚は先夜のことを話した。狼が老婆を食い殺して母に化けていたのであった。縁の下を見ると人骨がたくさん散らばっており、死んだ老母は大白毛の狼と化してしまった、というものである。そして崎浜には今も鍛冶屋の母の屋敷跡が残っているという。」

「おそらく、海路をへて越後の寺泊の北に上陸した鍛冶技術の集団が、弥彦山塊の自然銅を採掘していた。彼らの奉斎する目一つの神は雷神を制圧する鍛冶の神にほかならなかった。古代においては鍛冶集団は、安産の呪術を持つと信じられた。狼もまた安産の守り神であるということから鍛冶屋の老母と狼とを同一視する伝説が生じた。」



「伊吹の弥三郎」より:

「大林太良氏は(中略)鉄人伝説には共通して次のような特徴があることを指摘している。
 一、母親は妊娠中鉄を食べる
 二、その結果、生まれた子供は全身鉄張りであるが、ただ一ヵ所だけ鉄張りでないところがあった。
 三、この鉄人は成人後、武名を轟かせるが、ふつう悪玉と考えられている。
(中略)
 五、英雄は鉄人の泣き所を攻めて、これをたおす。」



「終章」より:

「これまで見たように、越後の弥三郎婆、近江の伊吹の弥三郎、平将門、弁慶などには鉄人伝説がからまっている。そしてこれらの人物のうちや三郎婆と伊吹の弥三郎は酒呑童子と有縁の人物である。また弥三郎婆の舞台である越後弥彦、伊吹の弥三郎の舞台である伊吹山、酒呑童子の舞台である丹波の大江山は金属と関連が深い。鉄人伝説は金属精錬に従事した人たちの伝承だったと考えてみることができる。(中略)こうした鉄人伝説のうえに無法者、あばれ者の話が加わった。それは実在の人物とむすびつくことによっていっそうの発展をみた。それをひろめたのはおそらく修験の徒であった。」
「しかし、その一方では水上交通の要衝にまつられる水神信仰があった。古代には橋が流失しないために河神の人柱に立つことがあった。水神は鉄を忌むという性格もあった。水神の眷属としての河童の跳梁があった。河童をヒョウスベ(兵主部)というのは、どのようないきさつによるものか確言できないが、兵主神の眷属という意味がふくまれていることは疑い得ない。ここに銅鉄の神としての兵主神と、その眷属である水の精霊との接点がみとめられる。このようにして今さまざまな橋の物語が成立する。しかしその背後には依然として鍛冶神の影がうごいている。そしてそれらの物語は鍛冶屋や鉱山師などの漂泊者、さては山伏などの修験者によって日本の遠方の地域にまではこばれることになる。後世になると物語はさらに個別化の一途をたどるのであるが、しかしこれを類型によって捉えるというよりは、原型によって把握しようとするとき、影のようにおぼろげな「鍛冶屋の母」のすがたが立ち現われるのを否定することはできないのである。」














































































































































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