FC2ブログ

谷川健一 『古代海人の世界』

「我滄海(そうかい)の鱗(うろくず)に交(まじわ)りて、是(これ)を利せん為に、久しく海底に住み侍(はべ)りぬる間、此貌(このかたち)に成(な)りて候也」
(『太平記』)


谷川健一 
『古代海人の世界』


小学館 1995年12月10日初版第1刷発行
286p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,427円+税
カバー写真/提供: ボルボックス
装丁: 舟橋菊男
校正: 高橋和夫



本書「序」より:

「羽原又吉(はばらゆうきち)は『日本古代漁業経済史』のなかで、古代の海人族には二つの型があると述べている。一つは潜水漁民であり、他の一つは家船(えぶね)漁民である。後者は漂海民と呼ばれるにふさわしい。
 羽原の分類にしたがえば、第一章はその第一の型にあたる。古代の潜水漁を主とする海人の信仰と世界観を追求したものである。第二章はその第二の型にあたる。家船、ソリコ舟、糸満(いとまん)漁夫など、海人の漂泊移住のあとを追い、さらには黒潮の流れに沿って伝播する古代海人の文化を点描したものである。第三章は海の彼方から寄りくるものを、海人がどのように接受したかを展望した。」



本文中図版(モノクロ)多数。


谷川健一 古代海人の世界1


帯文:

「古代海人は海蛇をみずからの祖先とし、信仰していた。幼年時から海にあこがれ、海人の姿を追い求めつづけた民俗学者が解明する、古代海人の信仰と世界観。」


目次:



第一章 古代海人の世界
 一 アマベの民
  魚を買う海辺の民
  家船の民シャア
  九州のアマベ 
  瀬戸内と越前のアマベ
  黒潮に沿うアマベ集落
 二 蛟蛇の末裔
  水中にすむ女性の蛇神
  死と再生の舞台
  タジヒ(蝮)の伝承
  海人の習俗と水の信仰
  罪ケガレを呑み込む蛇神
  ウツボを祖先にもつ氏族
  海蛇類の総称ウズ
  天のウズと竜宮のウズの結婚
  海蛇を祖先にもつ海人
  蛇のシンボルをいただく女神
  ツツ(蛇)に由縁のある神
  筒のつく地名と住吉神
  潜りの海人の痕跡
 海蛇と潜りの海人
  古代海人族と竜蛇信仰
 三 海霊と海神
  海の主シャチ
  海霊ヨナタマ
  神の来訪をあらわす津波
  神の化身=神の使者
  動物の種族霊
  神の魚
  海霊から海神へ
  安曇磯良とオコゼ

第二章 漂海と移住の海人
 一 海部の饗宴
  隼人海人の移動
  南島と大和朝廷に共通する遊宴
  隼人の伝えた海部の物語
 二 伊勢の海人
  常世の浪の寄せる国
  潮気のみ香れる国
  死者の世界のイメージ
  伊勢行幸の行き先
  伊勢国いらご島考
  伊勢の海人と伊勢神宮
  安曇海人のたどった道
 三 松浦海賊の出自
  宗任伝説と松浦党
  東国の俘囚と宗任伝説とのかかわり
  渡辺党と松浦海賊
  百済武寧王の誕生秘話と家船の民
  古代海人族の伝統を継ぐ家船民
 四 家船と石鍋
  家船船団の行動範囲
  南島に渡った九州の石鍋と鉄器
  技術者としての今来のアマミキョ
 五 丸木舟の冒険
  漁民の海の交流
  そりこ漁民の越前移住
  出雲漁民の移動の痕跡
  旅日記にみる江戸時代の海上交通
  古代のクリ舟を彷彿させるソリコ舟

第三章 海彼の来訪者
 一 海島神話の誕生
  噴火造島神話の成立
  『三宅記』にみる三島神の神話
  伊豆卜部と式内社
  神統譜に組み込まれなかった神話
 二 海彼の原郷
  海の彼方から寄りくる神
  マレビトの三段階
  海からの来訪神エビス
  うつぼ舟の女人
  疱瘡神もマレビト
  根の国・底の国
  ニライカナイとアロウ島
  南島における死後の世界
  天地始之事
  沈没した島
  あり王島とアロウ島
 三 贈与と分配
  寄り物と古代漁業集落
  スク―ニライの神の贈り物
  神の代理者としてのノロ
  平等な獲物の分配
  漁祭一致形態
  国つ神の天つ神への服属



初出一覧:

「第一章 古代海人の世界
・「魚を買う海辺の民」 (「日本通史」 第一巻月報、岩波書店、1993年)
・「阿波・淡路の水の信仰――「水の女」にふれて」 (「近畿大学民俗学研究所紀要 民俗文化」 第六号、1994年)
・「ウズについて」 (「東アジアの古代文化」 第七九号、大和書房、1994年)
・「古代海人族の痕跡I――スム・ツツ・アラ・アオをめぐって」 (「近畿大学民俗学研究所紀要 民俗文化」 第三号、1991年)

第二章 漂海と移住の海人
・「盞結と盞歌」 (『南島文学発生論』、思潮社、1991年)
・「潮気のみ香れる国――伊勢の海人」 (「近畿大学民俗学研究所紀要 民俗文化」 第五号、1993年)
・「古代海人族の痕跡II――家船・俘囚・渡辺党」 (「近畿大学民俗学研究所紀要 民俗文化」 第四号、1992年)
・「『古琉球』以前の社会――南島の風土と生活文化」 (『海と列島文化 第六巻 琉球弧の世界』 小学館、1992年)
・「『そりこ』漁民の越前移住」 (「近畿大学民俗学研究所紀要 民俗文化」 第七号、1995年)

第三章 海彼の来訪者
・「海島神話の誕生」 (「東アジアの古代文化」 第五〇号、大和書房、1987年)
・「海彼の来訪者: (『海と列島文化 別巻 漂流と漂着・総索引』、小学館、1993年)
・「『古琉球』以前の社会――南島の風土と生活文化」 (『海と列島文化 第六巻 琉球弧の世界』 小学館、1992年)

本書は、以上の論文をもとに、構想をあらため、新たに書きおろしたものである。」



谷川健一 古代海人の世界2



◆本書より◆


「第一章 古代海人の世界」より:

「古代人が水中にいる怪物を信じたことは、『日本書紀』神代上、第五段(一書第六)に、伊奘諾(いざなき)・伊奘冉(いざなみ)の二神が闇龗(くらおかみ)・闇罔象(くらみつは)を生んだ、と記されていることからも分かる。闇(くら)は谷であり、龗(おかみ)は水をつかさどる竜神のことである。」
「一方、罔象(みつは)は、(中略)水中の怪物で、水神または海神とされている。虫偏であるからには、蛇を意味するものであったろう。」
「『日本書紀』神代上、第五段(一書第一)によると、伊奘冉尊から水神の罔象女(みつはのめ)が生まれたとされているから、「みつはの女」が水の女神であることは紛(まぎ)れもない。ミヌマとミツハは呼称が変化するのみで同一の神である。折口はミツハノメを水中に住む女性の蛇といっている。」

「阿曇氏の斎(いつ)き祀る祖神は綿津見(わたつみ)神であるが、その一方で、阿曇氏の先祖と称するものに、安曇磯良がいる。『八幡愚童訓(はちまんぐどうくん)』には、磯良はながく海中に住んでいたので、その顔に牡蠣(かき)やヒシ、藻が取りついて見苦しい姿であった、とある。僧袋中(たいちゅう)の『琉球神道記(しんとうき)』には、鹿島明神(かしまみょうじん)はもと武甕槌(たけみかづち)命であるが、人面蛇身であり、海底にいて一睡十日という具合だったので、顔に牡蠣が付着していたとされ、磯にいたので磯良という、とある。」
「大林太良は『太平記』(巻第三十九)に「我滄海(そうかい)の鱗(うろくず)に交(まじわ)りて、是(これ)を利せん為に、久しく海底に住み侍(はべ)りぬる間、此貌(このかたち)に成(な)りて候也」とあるところから、「海底から現れ出た磯良の奇怪な姿は、魚類の主の姿だったのである」といっている(『東と西 海と山』)。折口信夫は「此(これ)は人ではなく、海の中に住む神――精霊――であつた」(『上世日本の文学』)と述べている。
 藪田嘉一郎は「鮫人(こうじん)の姿を、文字通り竜蛇か鰐(わに)か鮫(さめ)に似たものと解して空想したのではなかろうか」という。」

「伊良部島の隣に下地(しもじ)島がある。伊良部島と下地島の間の距離はせまい場所で十数メートルしかはなれていない。
 昔、下地島に漁師がいて、ヨナタマという魚を釣った。この魚は人面魚体でよく物をいう魚であった。漁師は明日皆を集めて一緒に賞味しようと、炭をおこし焙(あぶ)り網にのせて魚を乾かしておいた。
 その夜、静かになった時分、隣の家の男の子がにわかに泣き叫び、伊良部島へ行こうという。夜中なので母がいろいろとなだめすかしたけれども泣きやまない。そこで子供を抱いて外に出たところ、遠くから声が聞こえ、「よなたま、よなたま、どうして帰りがおそいのか」という。隣家にいるヨナタマが答えて、「自分は炭火の上の焙り網で乾かされている。はやく犀(さい)(津波)を寄越(よこ)して自分を迎えにきてくれ」という。
 それを聞いて身の毛のよだつ思いをした母親は、子を抱き急いで伊良部島に行き、村人に訳を話した。
 あくる朝、下地島に帰ってみると、村中残らず洗い流され、ただ跡形があるだけであった。」
「この話のなかで「人面魚体でよく物を言う魚」とあるのは、いうまでもなく人魚になぞらえられるジュゴンのことで、沖縄ではザンの魚といっている。ザンはサイの訛(なまり)で、サイは南島の方言で津波のことである。」
「柳田国男も「物言ふ魚」のなかで下地島のさきの話を紹介しているが、ヨナは海をあらわす古語であり、ヨナタマは海霊をあらわす、と述べている。」



「第三章 海彼の来訪者」より:

「外界と孤絶している寂寥感が日本の島々を支配してきた。それを沖縄では「島ちゃび」という。(中略)「ちゃへ」は痛みの意で、島痛み、つまり孤島苦のことである。(中略)柳田国男は「島の人生」のなかで、孤島苦という点では日本は大きな沖縄島である、といっている。」
「日本列島は四周が海に囲まれているからたやすく島外と交流できた、と考えるのは大いなる迷妄である。隣の島にさえ渡らず、生まれた島で一生を終わる例は少なくなかった。」
「大正十二年(一九二三)に与那国島を訪れたある旅人は、ここには郵便局もなく、また電報も打てず、島外との連絡はまったく風まかせの便船しだい、という状態を伝えている。このような他力本願の不安定な生活が孤立感や寂寥感をかきたて、外界への感覚を鋭くしたのである。」

「対馬に伝承される「うつろ舟」の話には陰惨な話もまじっていないわけではない。上対馬町西泊(にしどまり)と泉(いずみ)の間に三宇田(みうた)という浜がある。その浜に、花宮(はなみや)御前を祀る祠(ほこら)がある。花宮御前は、うつろ舟に乗ってこられたお方で、たくさんの財宝をもっていたが、村の有力者に殺され、財宝をすべて奪われた。その後、彼女の祟りをおそれてこの地に祀ったが、家も絶え村も滅びた、というものである。豊玉(とよたま)町の多田の浜にも似たような話が残っている。
 同型の話は福井県小浜(おばま)市矢代(やしろ)にも伝えられており、『若狭国小浜領風俗問状答』には次の記事がある。
  矢代という邨(むら)海辺にあり、祭礼は三月三日朝、古き錦(にしき)の袋を戴きし若き女を、老女かしづきて宮の前にいづ。時にしだを頭にいただき、素袍(すおう)をきし者、顔を墨にてぬり、杵をふり廻して、其(その)きねを投ぐ。其故は、むかし異国の舟貴人とおぼしき女をかしづき漂着せしを、村の者どもいひ合せ、杵にてうちころし、船中の財宝を奪取せしが、其後、村中大いに疫癘(えきれい)流行し、村民大半死亡せし故、その女の霊を観音と崇め、懺悔の為其様(そのさま)を成せしかば、疫癘止みしとぞ。その後先祖の悪行を真似びて祭とするを恥(はじ)てやめしかば、疫癘また大いに行(おこなわ)れける故、再び祭をなす事元(もと)の如し。此(この)祭を民俗、手杵(てぎね)祭といふ。
 この矢代の手杵祭は、現在は一月おくれの四月三日におこなわれている。ウラジロ(歯朶(シダ))を頭にかぶった男の神役が登場するが、この歯朶の歯が祭りの日のかぶりものであることはいうまでもない。この祭りは、外来者を殺して財宝を奪うという、どの海辺の民にも古来ひそかにおこなわれてきた異人殺しの習俗や伝承とかかわっているのである。そして異人には、どこか常世の国からやってきたマレビトの匂いがするのである。」
「外部から村に入りこんだ異人を神秘的なマレビトとして迎える気持ちの一方、警戒する面も強かった。「南島村内法」をみると、沖縄の村々では、明治二十年代の村内の掟として、「他村より所払(ところばらい)の者へ借宅致すまじきこと」の一項をとりきめている。呪われた者も、他の場所ではマレビトとして祝福される。しかし警戒の念も強いものがあった。それが異人殺しの行為となり、それを後悔し贖罪する儀礼行為ともなるのである。」

「『万葉集』巻第一に高市古人(たけちのふるひと)の歌がある。」
「ささなみの 国つ御神(みかみ)の うらさびて 荒れたる都 見れば悲しも (三三番)」
「「ささなみの」は琵琶湖の南西部を指す枕詞である。そこを支配する国つ神の心がすさみ、衰えたために、荒れ果てた都(近江(おうみ)京)を見ると悲しい、という意である。国つ神から見放されれば、大きな都でも廃墟となるほかなかったのだ、という感慨がこめられた歌である。
 これは現代にもあてはまるのではないか。海岸を埋め立ててうつくしい砂浜をつぶし、工場の排水を流して海を汚染した。これでは国つ神の心がすさまないはずはない。国つ神の居場所がなくなったのである。私たちは、国つ神の心が去ってしまって荒涼とした社会に日々をすごしている。しかし、漁獲物を海の神の贈与とみなして感謝し、それを平等に分配する精神がつい一世紀前までは生きていた。それはまさしく「古代」の延長にほかならなかった。(中略)それを私たちは、もはや遠い昔のできごとのように錯覚しているのである。」



谷川健一 古代海人の世界3
















































































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本