ル・クレジオ 『来るべきロートレアモン』 (エピステーメー叢書)

「ロートレアモンにとって、夢はそれ自体として一個の目的ではあり得ない、(中略)夢はただ単に自己自身のもう一つの部分、最も危険で、外在的権力によって最も脅かされている部分に出会う一個の手段なのである。」
(ル・クレジオ 「マルドロールの夢」 より)


ル・クレジオ 
『来るべきロートレアモン』
豊崎光一 訳

エピステーメー叢書

朝日出版社 昭和55年5月25日第1刷発行
154p
19×11.5cm 並装(フランス表紙) カバー 
定価880円
装幀: 辻修平



本書「訳者あとがき」より:

「本書には、彼が今日までにロートレアモンについて書いた文章のうち、一篇を除く全部を収めた。これらが一本にまとめられるのはこれが初めてである。総題『来るべきロートレアモン』は訳者がつけた。」


本書未収録の「マルドロールの二つの神話」(初出: 「Nouvelle Revue Française」1978年11月、12月、1979年1月号)は、望月芳郎による邦訳が「ユリイカ」1980年3月、4月号に掲載されています。

本文中図版(別丁8p)4点。「白い巨人」(アルジェリア、セファールの岸壁画)、ゴヤ「わが子を食うサトゥルヌス」はカラー、ルドン「盃の上」、グランヴィル「罪と贖い」はモノクロ。
カバー絵と本体表紙は駒井哲郎「老いたる海」、本体裏表紙は同じく「鱶とマルドロオル」。


ルクレジオ 来るべきロートレアモン1


帯文:

「ル・クレジオによる
本書のための
書下し論文収録」



カバーそで文:

「この詩という異様な記念碑の下、この言語の内部には、
何かしら強烈な、暴力的な、燃えるようなものがあります。
それはいかなる文学のおかげでもなく、
いかなる洗練された文化=教養にも基準を求めず、
権力的知性へのあらゆる同化の試みを拒否するものです。
何かしら緊急なもの、想像界の共同の場、
あらゆる創造の、つまりは人間の生の原点のようなもの。
私はこの場こそ、日本の読者が「マルドロールの歌」においてただちに、
過まつことなく出会うことのできる場だと信じています。
たぶんそれはこの詩がまさしく文化=教養的な飾りを最も脱ぎすてた、
原初の言葉に最も近いものだからです。
そしてまた日本文化が、神話の必然性の
最も近くにとどまるものの一つだからです。
官能的で、死に魅され、暴力と幻にすみずみまで浸され、
それでいてまた動物界への近接、鳥のオブセッション、
水底と地下の世界のオブセッションをも表現し、
しかもユーモアと懐疑のおよそ最大の離れわざを
してのけることもできる文化だからです。
(本書まえがき「日本の読者へ」より)」



ルクレジオ 来るべきロートレアモン2


目次 (初出):

日本の読者へ (1979年12月執筆)

ロートレアモン (1967年4月25日執筆。ガリマール社「ポエジー」叢書『ロートレアモン全集』、1973年)
別人ロートレアモン (「entretiens」ロートレアモン特集号、1971年。豊崎訳の初出は「ユリイカ」ロートレアモン特集号、1971年9月)
来るべきポエジー (「Les Cahiers du Chemin」第13号、1971年10月)
マルドロールの夢 (未発表)

訳者あとがき




◆本書より◆


「ロートレアモン」より:

「この原始的な作品は唯一無二のものである。文学の中にこれと比べ得るものは何一つない。もろもろの類似を求めるためには、非常に遠いところ、他処の世界に探しに行かねばなるまい、例えば口承文藝のカオスとか、イメージがまだ書き言葉によって定着されていない歌の野獣めいた波動とかの中に。朗誦、罵言、祈りの中に。」

「ロートレアモンが属しているのはあの世界、大人の言語という喜劇を受け容れる者誰しもにとって取り戻す術もなく失われてしまった、文字表現(エクリチュール)に先立つ世界なのである。彼の不完全さの数々、その言語システムの不安定さと尨大さ、その思考の絶え間ないつまづきは、彼の王国の真の国境の標識である。つまりこれはまったく別な領域、前-文学のそれであり、まだ来ていない作品が作り上げられ得た堅固な要塞なのだ。ロートレアモンはそこにおいて彼の言語的領土の中心におり、絶えずそこに絶対君主として君臨しつつ、一つ一つの不完全な言葉、一つ一つの揺れ動く文、一つ一つの叫びにおいて、あの快楽とあの大いなる不幸、つまり絶対的孤独の秘密を教えているのだ。」



「別人ロートレアモン」より:

「形成途上の言語。われわれにはそれを完全に解読する可能性はまったくない。狂気と同様、前-文学的な言語というものは知り得ないのである。せいぜいそこからあれこれのことを、偶然にもぎとることができるだけだ。事実、既知の諸形式とのあいだにそれだけは打ち立て得るような関係、それは他処に、例えば口承文藝のうちに求めなければならない。その際、類似は驚くべきものである。(中略)ロートレアモンの叫びや、仕種や、暗喩の数々、それらがまさに、純粋な状態で、インディアンの神話や、ヨルバ族の歌の中にあるのだ。魔術的な呪文、動物の性器への、母性への、本源的な両性具有への、神的な放蕩への祈願。死にゆく象への祈願――

  二百の丘陵の合したほどに大いなるクドゥよ、汝は船頭である! 象の存命中、女らは逃れ去り、ワギナを遠ざける。象の死したるのちに、私の去年の妻とおととしの妻に会うとしよう。(…)
  象ラアイ、巨大な動物よ! 象ラ-ヌ-デデよ、汝の名は《死よ、どうかどいてくれ》である!(…)
  象は一本の腕を持つにすぎぬ、だがそれでも棕櫚の木を引き抜くことができる。もし二本の腕があったなら、空などぼろきれのように引き裂いてしまうことだろう。夜のようにすっぽりと子を包みこむ母よ!

 魔祓(ばら)いであり、祈りである。自然の力、諸元素(水、火、風)の力への呼びかけ。そしてまた動物的な残酷さ、血への渇きの想起だ。」































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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