郡司正勝 『童子考』

「芸能には、前表の力があり、世の亡びの予告を、しばしばしている。いや、芸能とは舞台で、前表「きざし」をみせるのが本源ではなかったか。その隙間に、反体制の抹殺せられた怨念の異形の化身が登場する。中世の能の幽霊劇は、体制者側の安堵のための成仏劇に仕立ててあるが、まだまだ浮かばれぬ身分の低いものの数が充満していたはずである。」
(郡司正勝 『童子考』 より)


郡司正勝 
『童子考』


白水社 
1984年7月13日 第1刷発行
1984年10月20日 第2刷発行
189p 口絵(モノクロ)4p 
四六判 丸背布装上製本 貼函 
定価2,000円



本書「あとがき」より:

「本書は、はじめ「文芸と芸能のもう一つの随想」と題して、雑誌『国文学』の昭和五十二年の四月号から十二月号までの九回、毎月連載されたものを基本として、これに後から書き加えたものを合わせて一本としたものである。」
「はじめは、特に、全体の構想があって、筆を下ろしたわけでなく、めくりの出たとこ勝負で、発句に付ける俳諧の連歌よろしく、語呂合わせ、匂い付けというわけで、どこへ行き、いずれへ出るのか、われながら皆目見当がつかず、洵に楽しい想いがしたものである。」
「世界としては、文芸でも芸能でも、また民俗学でもなく、むしろそういった陽の当たるジャンルから見捨てられ、あまされ、日蔭に落ち零れて、口封じされてしまったものの怨念の形態を探す旅に出てみようかと想い立ったばかりである。
 どこかで、サインが送られているのではないか、どこかに記号が付けられてあるのではなかろうかという旅である。こうした冥界からの発信を装った民意の底に沈んでいる記号を、もし読みとることができたらという、地名のない巡礼回国の旅に似ていないこともない。」



本文中図版多数。
本書はUブックス版も出ていたとおもいます。


郡司正勝 童子考 01


帯文:

「雛人形・一寸法師・侏儒をはじめ、冥界からの発信を装った、民意の底に沈む記号の数々を読みとろうとする。「郡司学」の巡礼の旅。」


郡司正勝 童子考 02

扉。


郡司正勝 童子考 04

本体表紙には扉絵と同じ図柄が空押しされています。


目次:

口絵
 北斗七星を剣に写す瀧夜叉姫
 捨若丸の中村福助
 王子鬘の七代片岡仁左衛門
 智多星呉用
 メキシコの鹿踊

流亡抄
小人と蜘蛛と
侏儒考
笛吹き童子
星の影
土佐の星神社
負の七数
七曜剣
寅の一天
瓠(ひさご)の花
呪咀の人形
百足と蛭
蛭の地獄
一本足の案山子
髪の形
王子の誕生
児ケ淵

あとがき



郡司正勝 童子考 03



◆本書より◆


「小人と蜘蛛と」より:

「「沖の小島」という用語は、和歌の典型的な好まれた雅語であるが、それは、単に、離島の不毛の小島のことでなく、「寄り来る小島」の祝意を包含していた賀語であったかとおもう。「沖の小島に浪の寄るみゆ」といっても、たんなる写生の叙景ではなく、寄りくる小島として、神の寄りくる幻影をそこにみた理想の島、ユートピアの仙境の姿を揺曳しているはずである。
 沖の小島は、この国に到来する、なくて叶わぬ神のお旅所であったはずであるからである。(中略)小さな雛の流し雛も、この島の小さな神に関係があろう。『古事記』によれば出雲の美保崎で、波の穂の上に、天の羅摩船(かかみぶね)に乗って蛾の皮を衣服として、寄り来る神があった。この神は、少彦名の神で、「書紀」神代の一書には、淡島に行って、粟茎に取りついたところが弾かれて、当世郷(とこよのくに)へ飛んで行ったとある。
 淡島が粟と関係があることも知れ、また「小男(おぐな)」とも記し、大己貴(おおなむち)神が掌の上で翫(もてあそ)んだら、跳りかかって、その頬に噛りついたとある。この小さな神を識っているものは、谷蟆(たにくく)と久延毘古(くえびこ)であった。ひき蛙と案山子の同類というケースの神は、他に見当たらない。またこの神は、蛾、「紀」では鷦鷯(さざき)(みそさざい)の羽根で、衣服をつくっていたというから人間というよりは異類に近い。また、木の実の殻か、草の葉の舟に乗ってきたとある。蘆の葉は、湿原の地を求めて、穀物の神がよりくるときの乗りものでもある。
 この少彦名の神は小人にちがいないが、その異様で、あるいは醜い姿は、大己貴神にはおもちゃにされている。しかし、その頬に噛りついたというし、また大己貴神の国造りを批判して、「或は成せる所も有り。或は成らざるところも有り」と談(ものがた)ったとあるから、政治批評家でもあった。
 これらの諸条件を数え立ててみると、小さいということ、醜いということ、翫びにされるということ、反抗精神があること、皮肉な批評の談話とい智慧にすぐれていること、この世から弾き出されるということ、背後に一種のユートピアの世界をもっていることなど、すべて、後世の道化師の条件を備えているといっていい。」

「少彦名命を、若い男の意として捕える学者もあるが、なおこれを異国の人、異民族と考えようとする向きもあった。常世の郷からきた異神が、常世の郷へ帰ったともとれる。「記紀」にみえる「土蜘蛛」は、大和朝廷にまつろわぬ土着民族を指して、蝦夷とおなじように差別した語から、しばしはその姿を動物化し、蜘蛛に似た身が短くて手足の長い穴居した民族として、その語意からこしらえていったのであろう。(中略)身体の寸法のちがいを、次元のちがい、生活空間のちがい、人間の感情の通わぬ世界に組み入れているのである。
 能の「土蜘蛛」も、『しらぬい譚』の白縫姫の蜘蛛の妖術も、すべて反逆の徒の援助に出てくるのは、この土蜘蛛の徒であった。皇軍が網を用いて、これを掩(おお)い殺したとあるが、その蜘蛛の糸を網として相手方を悩ましたのは、その蜘蛛の子孫たちであった。」



「侏儒考」より:

「侏儒は、倡優侏儒とか俳優侏儒とか並べ用いられるように、俳優の別名であるにはちがいない。」
「しかしながら、侏儒には、妖しき怨恨の系譜と、もう一つは、弄童、寵童への系譜との二つの流れがあり、ときには綯(な)い交ぜ、ときには一緒にあって示顕することもあったとみたい。
 侏儒の妖しい怨念の系譜は、蛛の系譜で、穴居民族でもあった土蜘蛛から、悔い改めて世に隠れ住んだ被征服者の、中世では僧形をとったその姿である。『台記』の久安三年の条に「侏儒僧」がみえるが、能の「土蜘」も(中略)、陽のあたる場に居る者への、限りなき怨念の表出となった、歌舞伎浄るりの「蜘蛛の糸」の、仙台座頭の僧形の系譜である。
 林屋辰三郎は『中世芸能史の研究』で、古代の侏儒に代わるものとして、新しい呪師の芸能の分野に現われたものに、小さ子があったとして、これに「小呪師(こずし)」の芸能者を想定している。」
「この小呪師は、同時に、上流僧侶の寵童でもあったことは、史上にかくれもないが、やがて、田楽の小法師の出現となり、若衆芸の猿楽へと承け伝えられてゆくもので、将軍足利義満の寵童となった世阿弥も、この侏儒の芸脈を正しく承けたものだといえる。」
「ここにおいて、現世の恩愛と、先の世の怨恨は、侏儒から若衆芸へと、表裏をなして相亘り、たとえば、吉兆と禍影を同時にもつ蜘蛛の精となり、あるいは切り禿となって、支配するものを脅かしにきたった系譜をなしたのである。」
「童子には、こうした階級における反逆の精神が籠っていることは、明治に入っては自由党の壮士、川上音次郎が、はじめ自由亭○○童子、自由童子を名乗った心意伝承にもあらわれる。かぶきの若衆が荒れの表現から荒事を生んでゆく、その根元には、侏儒の思想が、奥深く秘められていはしなかっただろうか。」



「瓠(ひさご)の花」より:

「「壺中の天」ということがある。文人騒客の理想境で、仙人と酒を飲み交わす仙境として、いまもってその風潮は、飲屋の世界にまで揺曳しているかのようである。」
「後漢の汝南の人、費長房が、市の掾(役人であろう)をしていた時、市中に薬売りの老翁があって、店先に、一壺をかけておき、店がしまうと、その壺中に跳り入ってしまうのをみた。長房は、礼を厚くしたので、老翁は、人に言うなよといって、ともに壺中に入り、玉殿のうちで旨酒甘肴を楽しんで来たという話である。ところが、『列仙全伝』の挿絵には、仙人が、大きな瓢箪に入って首だけ出し、長房を招いている画が描かれている。
 それで想い出したのが、前述した『信西古楽図』のなかの「入壺舞」で、これは、あるいは、この仙人が酒壺に入るのを見立てた舞ではなかろうかと想ったのである。もっとも、文章は壺とあるが、画は瓢箪になっているのは、酒壺から酒器としての瓢箪を見立てたのかも知れない。
 「瓢箪から駒が出る」という諺がある。意外のところから意外のものが現われる譬であるが、もとは、瓢箪のなかから駒を出した仙術などの奇術から出たのではないかとおもう。例の『西遊記』でも、瓢箪で妖怪を吸い込ませる条があるが、瓢箪には、身を小さくするイメージがあって、小人との係りがあるのであろう。」



「蛭の地獄」より:

「芸能には、前表の力があり、世の亡びの予告を、しばしばしている。いや、芸能とは舞台で、前表「きざし」をみせるのが本源ではなかったか。その隙間に、反体制の抹殺せられた怨念の異形の化身が登場する。中世の能の幽霊劇は、体制者側の安堵のための成仏劇に仕立ててあるが、まだまだ浮かばれぬ身分の低いものの数が充満していたはずである。
 権勢ならびなき室町殿の執権細川右京大夫政之が凶事に斃れる数日前に、枕元の屏風画から抜け出した、女房、少年たちの風流踊をみた。その歌謡も覚えていた。
  世の中に、恨みは残る有明の、月にむら雲春の暮、花に嵐は物うきに、あらひばしすな玉水、うつる影さへ消えて行 (『伽婢子』)
 こうして、異形の系譜は、陽の当たる歴史の蔭へまわった、虚の世界の芸能と文芸の間を縫って、ものの影として承け伝えられてきたのである。」



「一本足の案山子」より:

「片輪の神は、みずから成長を止めた御霊神であろう。」

「小僧とは大人になる過程であっても、同時に、小人としての独立した世界を形成していることである。「なかのなかの小坊主」という子供遊びは、つねにその周りに鬼がいた。あるいは、小坊主は、霊が守るものであったので、子供は、霊界にまだ領域があるのだといっていい。したがって、いつ神隠しにあうかわからぬ。突如として居なくなるという現象が生じる。神隠しにあい、天狗にさらわれる子は少くなかったのである。」
「隠れん坊した子供には、この世の次元の蔭へ隠れてしまうことができる不気味さがある。時には第三次元の世界に入ったまま出てこないこともあり得たのである。
  坊さん 坊さん 何処ゆくの
  あの山越えて酢買ひに
  わたしも一緒に連れてって
  おまんが来ると邪魔になる
  このかんかん坊主 くそ坊主
  うしろの正面 だーれ
 倉田正邦が採集した三重県の『わらべ唄』の一つである。別に誘拐しなくっても子供は、あの世から迎えにきた親切なひとの後をついていってしまうものである。(中略)「うしろの正面」とは気味の悪い言葉である。後の正面は鬼の世界、ふっと後を振り向いたらもういないかも知れぬのである。後を振り向くなという民話伝承は多い。(中略)子供の後はつねに別次元なのである。子供はそれをよく知っている。子供は後に別次元を背負っている存在なのである。」
「思い出すのは、『四谷怪談』に出てくる小仏小平という、後が正面のような気味の悪い、生きながら幽霊のような男である。仏と名が付くぐらいだから根からの善人である。しかも小者という身分ばかりでなく、小仏小平には背の低い小男の伝承のイメージが小仏にあった。」
「坊主も法師も小仏も、背低いゆえについた名であろう。」
「一人前でないということと、折口信夫がいう「未完成の魂を持って生きなければならなかった」(「折口信夫全集」第十六巻、民俗学篇 2)小仏が、若子であり、若宮であり、童子であることの証なのではなかったか。」



「髪の形」より:

「髪を解くこと、放ち髪にすることは、社会を逸脱することであった。髪を結んでおくという社会性、日常性を離れることであった。狂気の風体とみなされる。」

「江戸神楽に『天の返矢』という曲目がある。天稚彦は高天の原の使いとして、大国主命へ国譲りの交渉に下るが、天深女(えめのさくめ)の謀略で、大国主命の娘の下照姫と契り、稚彦を迎えにきた雉を射殺す。その矢が高天原に飛び、神は、稚彦に曲がった心があれば帰れと、投げ返すと、その矢に当たって稚彦は落命する。天つ神に叛いて非常の死を遂げる天稚彦は、神楽では黒頭(くろがしら)の垂れをつけて出る。「ワカ」には、もと叛逆の相があった。」
「菅公のごとく雷神となる者、疫神となる者、また実盛のごとく稲虫となり、平家蟹や、お菊虫のごとく、虫に変身して荒れまわる。と、同時に盛大に祀ることによって、それらの跳梁を鎮圧する頭領に一転するはずのものであった。」

「また荒人神に成るためには、人並を超えた異常な行動がなければならなかった。
  御前にて腹十文字にかき切り、臓腑つかんで繰り出だし、御神体に投げかけ、荒人神と呼ばれ、参り下向の人々を、取って服すものならば (『説経集』「しんとく丸」)
 異常な死と荒れとが荒人神となる条件であり、御霊と祀られる資格が備わることになる。「若」の系譜には、その異常な死と、再生、甦りをこめた烈しい、生々しいパワーが秘められているといってよかろう。」
「王子、若(稚児)、童子たるものが、いつも身代りに立つ「はたもの」として、とくに、年少なるもの、能力あるもの、美しいもの、あえかなるものの共通した称であったのではなかろうか。かぶきの反逆物の王子、身代り物の幼童は、やがては血祭りにあげられる社会の影の部分の、あの世とこの世の、境の紛れものであり、民衆の祭壇としての演劇は、それをかぶき化し、顕化したものではなかったか。」



「王子の誕生」より:

「かぶきに「王子鬘」といわれる鬘をかぶる役柄がある。」
「どうして、この髪形を王子というのか。かぶきには王子という役柄はないが、元禄期のかぶきや浄るりに現われる王代物の王子は、まず悪人列伝だといっていい。
 『薄雪今中将姫』の八剣皇子(わうじ)、『和国御翠殿』の金輪の王子、『頼政萬年暦』の逆目の王子など、(中略)いずれも、例外なく世界を相手にとった大悪人である。「萬年暦」の逆目の王子は、逆髪の王子の類であろう。」
「世に、印象の深い史上の皇子は、大津皇子をはじめ、伊豫の親王、他戸親王、早良親王、高岳親王、重仁親王、惟喬親王と、怨みをのんで、御霊となった王子たちである。
 末社の神として祀る八幡若宮も若王子も猛尾(たける)社も蛭子社も、いずれも御霊だちだといっていい。(中略)世に若宮と呼ばれるのは、大きな神格の下に支配されねばならぬほどに、烈しく祟る霊魂を齋きこめたものをいうので、その神格を若王子とみるところに、若き叛逆の非命を読みとっているのだとおもう。(中略)かぶきという芸能が、御霊のための荒れの代行の祭であり、「悪」というかたちをとった民衆の心意の形象化であり、民衆の大きな楽しみとなり得たのである。したがって、浄るりかぶきの王子たちの形貌(なりかたち)は、御霊の姿であって、悪霊の扮装だとみてよい。そして、その象徴が「王子鬘」なのである。」
「逆髪の王子の名も、反逆の心の形象化の命名法であろうが、そうした異状は、異常誕生と関係があるようだ。」
「常人ではない証には、いろいろな奇瑞を身体に顕示する。侏儒もその代表的姿であろう。要するにカミの子の生成りなのである。民俗学でいう異類婚の子孫たちである。」




こちらもご参照下さい:

土方巽 『病める舞姫』
小海永二 訳  『アンリ・ミショー全集 Ⅰ』 (全四巻)





















































































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ひとでなしの猫

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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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